記事タイトル

タビ

皆さま、お盆期間中もご来店ありがとうございました。

今年は11日が祝日で流れが読めず、用意していたにも関わらず
12(土)は、ほとんどの物が売切れ申し訳ございませんでした。
三連休の中日という感じだったのでしょうか?
昨日は今までの8/15で最も静かな日で、今日はもう平日のようで本当に今年は分かりません。

それでも、来るときは来るんだ!と勇気をもらえたことが有難いです。
これからも、どうか宜しくお願いいたします。

今、こんな器が入荷しております。



当店の代名詞と言っても過言ではない波佐見焼の器。
今はあまり扱っていなかったのですが、今回久しぶりに揃えてみました。
是非ご覧になって下さい。

急に秋の風を感じるようになり、こんな商品も入荷しました!
色鮮やかなドライフラワー。



山梨の八ヶ岳の麓で化学肥料は使わず全て露地栽培された花を収穫。
それを見事なドライフラワーに仕上げられたものです。
人気のこの商品、可愛いブーケにして店頭に並べますので楽しみに待っていてください!


お盆は沢山の方にネコのササキさんのお墓参りをして頂き有り難うございました。
猫を飼ったのは初めてでしたが、その前に小国に帰って店をはじめるきっかけになった
「タビ」という雑種犬がいた話を少しさせてください。





日本がサッカーW杯フランス大会に初出場した年、1988年。

当時、福岡で登山用品店に勤務していた私は 妻とその友人ふたりを連れて
福岡市近郊の油山へハイキングに出かけた。
まだ若く近郊の低山など目もくれなかった私は 山頂でお湯を沸かして
カップラーメンでも作ればそれで満足するだろうくらいのつもりで登り始めた。

山道を歩いていると「ミューミュー..」という声がするような気がした。
止まって確認すると薮の方向から聞こえていた。
少し分け入ってみるとそこには黒く小さな塊があり、鳴き声はそこから発せられていた。

タ、タヌキ?そう私は思ったがどうやら犬の赤ちゃんらしい。
産まれたばかりでまだ目も開いてない。
「捨て犬だ、どうしよう?このままじゃ死んじゃうよ!」と女性達が騒ぐ。
放っておくのは簡単だ、だが持ち帰るには色んな障害がある。
公団のマンション住まいでは犬は飼えない。

ハイキングは中止してとりあえず飼い主が見つかるまでは
コッソリうちで預かることに、でもどうやって育てよう?
今ではスマホで簡単に手に入る情報でも当時は全然分からない。
とりあえずペットショップに行った。

牛乳はダメで犬用のミルクを与えなくてはならないとのこと。
だがそれは中々の値段がするものだった、それを哺乳瓶で与える。
人間の赤ちゃんと変らない。
さらに便は最初は温めた指でお尻をさすってやらないと出来なかった。

一日に何回もミルクを欲しがる、赤ちゃんだから当然だ。
共働きだった私たちは妻がカゴに入れてこっそり職場まで持って行き
更衣室でミルクを与えていた。
私のことが大好きだったようで仕事から帰ると毎日感激して
玄関でお漏らしをするという熱い歓迎を受けていた。
ソファでは私の上に座り、夜は私の脇の下で眠っていた。



最初はぬいぐるみのトトロと変らないサイズだった。
だがその後スクスクと育ちどうも室内で飼えるサイズではないことが分かって来た...。


GLAYの「Winter,again」が流れる冬の日、職場の部長に告げた。
「春で店を辞めさせていただきます」

「オマエの接客は完璧だ、でも愛がない」
と私を時には叱り飛ばし指導してくれた部長は一瞬困惑した顔をしたが
すぐに「決めたんか...」とだけ言って頷いた。
寂しそうに歩く背中を見つめながら本当に申し訳ないと思った。

犬を飼う環境の為に実家の小国に帰ろう!
何故かあれだけ嫌いだった小国に帰るという方向になっていった。
妻も反対するかと思ったが犬のためなら行こうと思ったらしい。



1999年の夏に小国に帰った、慣れない家ににオドオドするタビ。
まだ新しかった実家では部屋飼いすることは禁じられた。
元々動物が好きではない母が許すはずもない。
だから少年時代も動物を飼ったことがなかった。
まず玄関にケージを置いて新しい環境に少しずつ慣らすことにした。

すぐに庭を走り回るのが楽しいと思えるようになったようだ。
キッチリした性格で一度言ったことはキチンと守った。
ヨシ!と言うまでは生肉を顔の横に置いてもエサを食べなかったし(ただ目は必ず逸らした)
ここから出たらダメ!と教えたらまるで結界でもあるかのように家の敷地からは出なかった。

開け放した店にも入って来ず目前に座っていた。
ちょっとだけ前足が入っている分にはタビ的にはセーフだったらしい。
こうやって小国の生活に溶け込んで行った。

タビという名前は当時習っていた茶道にちなんで足袋から取った。
ホワイトソックスというのは言いにくかったからでもある。
その茶道がきっかけで今の店に繋がるのだから人生何がどうなるのか分からないものだ。

2013年夏のオール九州3時間耐久レース in オートポリスの前
私が自転車の整備をしていると横に来て作業を眺めている。
隙があるとすぐに撫でて!と顔を近づける。
以前はローラーに乗っている時は近づかなかったのだが
最近は近づいて来て撫でるのをせがむようになっていた。

歳を取ったなぁ...先週から急に動きが悪くなった。
お腹が張って来たので便秘かな?と思いヨーグルトを与えた。
だがどんどんお腹がふくれて来て週末前には動けなくなってしまった。



「月曜になったら病院に連れて行くな」
そういって日曜の茶のこ練も終了し月曜の朝から阿蘇の動物病院へと急いだ。
昔からある民家の一角にある動物病院はネコのササの不妊手術でもお世話になった。
入院もせずに帰ることができるくらいのほんの小さな傷だけで済んだ
そのときの腕の確かさと人柄に心酔していた。

クルマにタビを積む時にササが横に来ていた。
タビにいつも追いかけられて犬猿の仲で近づかなかったのに...。

先生が聴診器をタビのお腹に当てる「うーん、難しいですな...」
腹水を抜いてもまたすぐに溜まるでしょう。
手術するにしても高齢なので麻酔をかけた後、もう起きないかもしれないと。

「もう2、3日かもしれません」

今は苦しんでないですが、じょくそう(床ずれ)が出来て
ウジが湧くようでしたら痛がります、その時は安楽死も...
ある程度覚悟は出来ていたが容赦ない宣告にその場に茫然と立ちすくむ。
中型犬の寿命はだいたい15年ですから十分生きましたよ、と。

帰りのクルマ、苦しいようだが顔を上げ流れる景色を眺めている。
そうだね、ドライブが大好きだったよね。
行った先が動物病院で降りるのを拒否したこともあったよね。
クルマから降ろしバスタオルとペットシーツを敷き
先生が言ったように身体の向きを変えてあげようとした。

「ウーーーッ!ガウッ!」妻に牙をむく。
犬と一緒に育ってないタビは決してお腹を見せることがなかった。
兄弟や母親との触れ合いがなかったからだ、だから人を舐めることもしない。

おうおう!これだけ元気だったら大丈夫!
妻は店の準備をしてくると言ってその場を離れ私が身体の向きを変えてお腹を拭いて上げた。

気持いいだろ?するとタビが苦しそうに三回コフッ!コフッと息をした。
アレ?...タビ?タビ?
慌ててうつ伏せに戻し心臓マッサージをする。
だがもう二度と目を開けることはなかった。

戻って来た妻に死んじゃったと告げる。
ゴメン、オレが体勢を変えたから死んじゃったと謝る。
妻は夜中に誰にも看取られず死ぬより私に撫でられて死んだなら幸せだったろうと言ってくれた。

駐車場に続々とクルマが停まってくる、店に出なければならない。
そんな日に限って来るお客様が大切な人ばかりだ。
笑顔を作ることがこんなに大変だと思ったのは初めてだった、さらにお客様が途切れない。
ドッと来るわけではないのだが常にオーダー品を作っているような状態。
たまに倉庫に物を取りに行くとタビは普通に眠っているようだった。

大雨だというのに忙しい一日が終わった。
悲しみに暮れることなく働け!ということだったのだろう。
夕方、車庫と店の間の土を掘る。

愛するものを埋めるために穴を掘るという行為は非常にやるせない。
雨の後の蒸し暑さで汗が眼鏡に落ちて作業が捗らなかった。
石が混じって作業しにくい土を60cmほど掘った時にはもう真っ暗だった。
タビのサイズピッタリに堀った穴に抱きかかえて埋葬する。
抱っこしたのも久しぶりだった、最近はネコばかりだったものな...。

病院に連れて行く前に死んでいたらものすごく後悔していただろう。
でも病院で寿命だと言われ私たち夫婦は非常に救われた、そこまで頑張ってくれたんだ。



画像は最後に散歩したときの写真。
普段、散歩中に写真なんて撮らないのに何故かこのときは撮った。
リードに繋がないと敷地から出ない変った犬でした。

クルマでも自転車でも私が帰って来るとシッポをブンブン振って
クンクンと鳴いて迎えてくれていた、タビ。

今ではその気配もすっかり消えてしまったけど、時々思い出す。
小国に帰って店をやっていなかったら当然のことだが全く違う人生になっていた。
私の人生のターニングポイントは、あの日この犬を拾ったことだった。


ササと同じくらい大事な犬、タビのお話でした。
(2013年にFacebookに投稿したものを編集掲載いたしました)